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千葉地方裁判所 昭和43年(ワ)358号 判決 1970年9月07日

原告 松本角之亟

原告 松本広美

法定代理人親権者

父 松本角之亟

母 松本ふじ

原告ら訴訟代理人弁護士 柴田睦夫

被告 山中友次郎

訴訟代理人弁護士 今中美耶子

訴訟復代理人弁護士 石川清子

主文

被告は原告松本角之亟に対し金一〇九万五〇〇〇円、原告松本広美に対し金一五万円および右各金員に対する昭和四〇年一一月一二日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用はこれを一八分し、その一一を原告松本角之亟の負担とし、その一を原告松本広美の負担とし、その六を被告の負担とする。

この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

(請求の趣旨)

「被告は原告松本角之亟(以下原告角之亟という。)に対し金二八一万五〇〇〇円、原告松本広美に対し金三〇万円および右各金員に対する昭和四〇年一一月一二日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求める。

(請求の趣旨に対する答弁)

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求める。

(請求の原因)

1  昭和四〇年一一月一二日午後九時一〇分ころ市川市北方町二丁目八一九番地先道路上で、原告角之亟が次女の原告広美を背負い、第一種原動機付自転車(以下原告車という。)に乗ったまま同市菅野町方面から同市若宮町方面へ向かって道路左側で一時停止したとき、普通乗用自動車(足立五ぬ四六九三号、以下被告車という。)を運転して対向して来た被告が被告車を原告車に衝突させ、原告らをその場に転倒させた。

2  そのため原告角之亟は加療約二年を要する頭蓋内出血、大腿骨々折などの傷害を受け、原告広美は加療約三五日間を要する頭蓋内出血などの傷害を受けた。

3  被告は自己のために被告車を運行の用に供していたのであるから、自賠法三条により本件事故によって生じた原告らの損害を賠償する責任がある。

4  原告らは本件事故によって次の損害を受けた。

(一)、原告角之亟の損害

(1) 入院治療費六〇万円

同原告は昭和四〇年一一月一二日から同年一二月三〇日まで市川共立外科病院(以下共立外科という。)に入院し、昭和四一年三月一〇日まで同医院に通院した。翌三月一一日から同年九月三〇日まで船橋中央病院(以下中央病院という。)に入院し、その後約一年六か月同病院に通院した。その入院治療費として昭和四一年四月一一日から昭和四二年七月二九日までに五五万九九七〇円を要し、その後に二〇万円を要したものと推計できるので、被告が共立外科に治療費の全額を支払い、中央病院に一四万七八五五円の治療費を支払ってもなお六〇万円を下らない未払分がある。

(2)、休業補償費七一万五〇〇〇円

原告角之亟はブリキ職兼農業であったところ、六〇〇日間休業を余儀なくされた。ブリキ職人の日当は二〇〇〇円を下らなかった。したがって、休業補償費は一二〇万円となるが、被告からその主張の見舞金五〇〇〇円と生活費四八万円の合計四八万五〇〇〇円の支払いを受けたので、これを控除し、残額七一万五〇〇〇円を請求する。

(3)、看護料五〇万円

原告角之亟は歩行困難で、入院および通院期間中妻の付添看護を要した。一日あたり一〇〇〇円として五〇〇日分の五〇万円を請求する。

(4)、慰藉料一〇〇万円

原告角之亟の受けた傷害は重大であり、長期間にわたる治療を受けたのになお歩行が不自由であるからその精神的苦痛を慰藉する額は一〇〇万円が相当である。

(二)、原告広美の損害

慰藉料三〇万円

原告広美の受けた傷害は重大であり、後遺症の不安もあるので、その精神的苦痛を慰藉する額は三〇万円が相当である。

5、よって、被告に対し原告角之亟は損害金合計二八一万五〇〇〇円、原告広美は損害金三〇万円と右各金員に対する事故発生の日の昭和四〇年一一月一二日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(請求の原因に対する答弁)

1の事実は認める。2の事実は知らない。3の主張は争う。4の(一)の(1)の主張は争う。被告は共立外科に治療費の全額を支払い、中央病院に治療費一四万七八五五円を支払った。原告角之亟は中央病院に対し治療費としてなんら債務を負担しないからその請求をするのは失当である。(一)の(2)の主張は争う。同原告の受傷した程度の傷害は後記のように共立外科の担当医師の過失がなかったならば通常六か月ないし一年で直るものであったから、その限度を超える期間の休業補償費を賠償する義務はない。被告は同原告に対し見舞金として昭和四〇年一一月五〇〇〇円を支払い、生活費として同年一二月九万円、昭和四一年二月五万円、同年三月初旬六万円、同月下旬五万円、同年四月二万円、同年一二月一万円、昭和四二年一二月二〇万円の合計四八万円を支払ったほか生活費として一六万五〇〇〇円を支払った。(一)の(3)と(4)の主張は争う。被告は右のほか同原告が中央病院に入院した際入院保証金一万円を支払った。4の(二)の主張は争う。

(被告の主張)

原告角之亟の受傷した程度の傷害は通常六か月ないし一年で容易に直るものであった。ところが、同原告が事故直後に入院した共立外科の担当医師が初診の際事故による右股関節脱臼を見落とし、脱臼に対する治療を施さなかったので、三か月余も経過したのち脱臼に気付いたときには手当てが遅れてしまい、同原告は中央病院で長期の治療を受けることになった。同原告は脱臼の事実を知っていたのであり、また、共立外科を勝手に退院したり、退院後の通院を怠ったりして治療に専念しなかった。担当医師の手落ちと同原告が治療に専念しなかったことが相まって受傷の回復が遅れたのであるから、そのことによって生じた損害は本件事故と相当因果関係がないというべきであり、被告にはその損害を賠償する義務がない。被告は同原告主張のように担当医師と連帯して損害賠償義務を負う理由はない。

(被告の主張に対する答弁)

被告の主張は争う。原告角之亟は担当医師の指示に従って治療を受けたのであるから、損害の拡大について過失がない。担当医師に過失はなかった。仮に担当医師に過失があったとしても、被告はその原因を与えているのであるから、医師とともに連帯して損害賠償義務を負うことはあってもその賠償責任を免れることはできない。また、同原告の受けた傷害は股関節脱臼、大腿骨複雑骨折を伴う重大なものであって、医師の治療方法のいかんを問わなくとも相当長期の入院加療を要するものであったから、同原告は少なくとも二年間は本来の職業に従事できなかった。

(原告らの提出、援用した証拠と書証の認否)≪省略≫

理由

一、請求原因1の事実(本件事故が発生したこと)は当事者間に争いがない。そして、≪証拠省略≫によると原告角之亟は本件事故により右側頭部、右前額部割創、左顔面擦過創、右大腿骨複雑骨折、左膝部打撲症兼血腫、右足関節打撲症、内踝骨折、両手背擦過創と右股関節脱臼を負ったことを認めることができ、≪証拠省略≫によると原告広美は本件事故により頭蓋内出血、右側頭部打撲症兼血腫、顔面擦過創を負ったことを認めることができる。

二、≪証拠省略≫を総合すると被告は自己のために被告車を運行の用に供して本件事故を発生させたことを認めることができるので、被告は自賠法三条により本件事故によって生じた原告らの損害を賠償する責任がある。

三、そこで、≪証拠省略≫を総合すると、(1)原告角之亟は本件事故によって受傷すると意識を失ったまま市川市北方町三丁目七三九番地市川共立外科医院に収容され、直ちに医師滝沢桂太郎の診察を受けたが、同医師はその傷害として前記一に認定したとおり診断し、右大腿骨複雑骨折が重傷であったので、その治療をしたうえ胸部から大腿部にかけてギブスをはめ、その部位を動かないように保護する措置をとったこと、同医師は当時治療の見とおしとして約二か月間ギブスをはめて局部を固定させ、ギブスを取り除いたのち約二、三か月マッサージを施せば傷害はほぼ直り、昭和四〇年一〇月には接骨に使用した金具を取り除くことができるようになると判断し、初診時に作成した診断書にもその趣旨で今後約六か月間の加療を要すると記載したこと、同原告が受傷した程度の右大腿骨複雑骨折は通常の場合一年以内で直るものであり、初診時にレントゲン検査をすれば右股関節脱臼は容易に発見できるものであったこと、(2)同原告は正月を自宅で迎えることを希望し、医師の許可を得たうえ昭和四〇年一二月二九日ギブスをはめたまま同病院を退院したが、当時左足と右足の長さに差が生じ、腰部の痛みがとれていないことを自覚していたこと、(3)同原告は早く通院するよう催促を受けていたが昭和四一年二月二六日になって共立外科に通院し、同医院の医師がギブスを取り除いてレントゲン検査をしたところ、同原告の受傷した右股関節脱臼は直っていなかったこと、そこで、同医師はただちに同原告に全身麻酔をかけ、身体の上体と足を双方から引っ張って脱臼を直そうとしたが、すでに三か月余を経過して強直を起こしていたうえ、同原告が激しい苦痛を訴えたので、その日のうちにそのような方法で直すことはできなかったこと、(4)同原告はその翌日から共立外科で治療を受けることを断念し、同年三月熊谷接骨院の診察を受けたところ、同医師から陳旧性股関節脱臼と診断され、同医師の手に負えないと言われたので、同月一一日中央病院に入院し、腰から足にかけてギブスをはめられ、投薬、注射、マッサージなどの治療を受けながら同年九月三〇日まで入院を続けたが、その間たびたび病院から抜け出して自宅に宿泊していたこと、以上の事実を認めることができる。右の事実によると原告角之亟の受傷した程度の傷害は通常の場合一年以内で直るものであったが、事故直後に同原告を診察した共立外科の担当医師が右股関節脱臼のあることを見落としたかあるいはそれを認めながら治療を誤ってギブスをはめてしまったのか、それとも同原告が長期間ギブス固定をしたままの状態で同医院に入院しているのに耐えきれず、四八日目にギブスをはめたまま退院し、予定の期間を五〇日余も経過した一〇七日目になってはじめて予後の検査を受けたせいなのか、そのいずれかまたは複合の原因によってギブスを取り除いた時点ではすでに強直を起こし、陳旧性股関節脱臼となったためにその後の長期にわたる治療を要するようになったものと推認することができ、また、同原告は初診後まもなく意識を回復した時点または共立外科から退院するときの時点で担当医師に自覚症状を訴え、的確な治療措置が施されているかどうかを確かめることができたものといえるし、ギブスを固定したまま退院して自宅で待機している期間が予定より長くなることについて担当医師に予後の危険性があるかどうかの判断や指示を求めることができたものといえるのに、同原告がそのような措置を講じたことを認めるにたりる証拠はない。そうすると、共立外科の担当医師と同原告の右のような行為は相まって同原告に生じた損害を拡大させたといえるから、これを被害者側の過失として被告の負担すべき賠償額を算定するについて考慮するのが相当である。共立外科の担当医師がなした行為をもって同原告に対する被告との共同不法行為にあたるとみるのは相当でない。

四、次に、原告ら主張の損害額について検討する。

(一)、原告角之亟の入院治療費について

被告が同原告の共立外科に対する入院治療費全額と中央病院に対する入院治療費一四万七八五五円を支払ったことは当事者間に争いがない。そして、≪証拠省略≫によると同原告は昭和四一年四月ころ市川市長から生活保護法に基づく医療扶助の決定を受け、以後入院治療費などの負担を免れることになったこと、被告は同年六月二三日中央病院に前記一四万七八五五円を支払い、同原告の同病院に対する入院治療費など一切の費用の支払いをすませたこと、以上の事実を認めることができる。≪証拠省略≫によると同原告の中央病院における整形入院治療費として昭和四一年四月一一日から昭和四二年七月二九日までの間に五五万九九七〇円を要したことを認めることができるけれども、同原告にその支払義務があることを認めるにたりる証拠はない。したがって、同原告が入院治療費として六〇万円の賠償を請求するのは理由がない。

(二)、原告角之亟の休業補償について

同原告本人尋問の結果によると同原告は昭和四〇年一一月当時ブリキ職人として独立して働き、そのかたわら二反歩の水田を耕作していたこと、同原告のブリキ職人としての収入は一日あたり二〇〇〇円を下らなかったこと、同原告は昭和四四年八月二九日当時もまだブリキ職の仕事をできない状態であったこと、以上の事実を認めることができる。そこで、前記の被害者側の過失を考慮すると被告には一日あたり二〇〇〇円で三六五日分の休業補償費七三万円を負担させるのが相当である。被告が同原告に見舞金五〇〇〇円と生活費四八万円の合計四八万五〇〇〇円を支払ったことは当事者間に争いがなく、これを右の休業補償費の填補として充当するのは相当であるから、これを控除すると残額は二四万五〇〇〇円となる。被告は右のほかに生活費として一六万五〇〇〇円を同原告に支払ったと主張するが、≪証拠判断省略≫他に右の主張事実を認めるにたりる証拠はない。

(三)、原告角之亟の看護料について

同原告は前記のように共立外科に四八日間入院したのであり、≪証拠省略≫によるとその入院期間中およびその後の同病院への通院の際添付看護を要したと認めることができるので、前記の被害者側の過失を考慮すると被告には一日あたり一〇〇〇円で五〇日分の看護料五万円を負担させるのが相当である。

(四)、原告角之亟の慰藉料について

同原告は前記のように右大腿骨複雑骨折などの傷害を受け、共立外科に四八日間入院し、一〇七日間ギブス固定を続けたが、右股関節脱臼が強直したためさらに中央病院に入院し、たびたび外泊しながらも昭和四一年九月三〇日まで同病院に入院したのであり、≪証拠省略≫によると同原告は同病院を退院して通院を続けたものの、昭和四三年一一月当時後遺症として右股関節膝関節に運動障害があり、股関節は伸展位で完全強直、膝関節運動は伸展一八〇度、屈曲一四五度であり、跛行高度であったが、その後もさして回復していないことを認めることができる。そこで、前記の被害者側の過失その他の事情を考慮すると同原告の精神的苦痛を慰藉する額は八〇万円が相当である。

(五)、原告広美の慰藉料について

同原告は前記のように頭蓋内出血などの傷害を受けたのであり、≪証拠省略≫によると同原告は事故当時三才で、昭和四〇年一二月二五日まで四四日間共立外科に入院したこと、同原告は格別の後遺症もなく小学校に通学していること、以上の事実を認めることができ、その他の事情を考慮すると同原告の精神的苦痛を慰藉する額は一五万円が相当である。

五、そうすると、原告角之亟の請求は損害金合計一〇九万五〇〇〇円とこれに対する事故発生の日の昭和四〇年一一月一二日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があり、原告広美の請求は損害金一五万円とこれに対する事故発生の日から支払いずみまで同割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからいずれもこれを認容し、原告らのその余の請求は理由がないからいずれもこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項但書を、仮執行の宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤一隆)

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